被爆の話に対する子供たちの感想 3 

北海道厚田村立望来小学校6年生



長谷川 祐太
 寺尾さんは、忘れたい、嬉しくない嫌な思い出なのに、僕たちに原子爆弾のことを教えてくださいました。本当にありがとうございます。僕は、原子爆弾のことをよく知りませんでした。だけど、原子爆弾の話を聞くと、すごい爆弾で、多くの人の命を奪ったことがわかります。今も原子爆弾の後遺症で苦しんでいる人がたくさんいます。僕は寺尾さんと一緒に叫びたいです。「戦争はかっこよくないぞ!二度とこんなことがあってはならないぞ!」

小林 麻友美
 私は寺尾先生の書き込んだ文を見てびっくりしました。原子爆弾の爆風のせいで二階の床がぬけおちたりするのは、初めて知りました。
 私が原爆のことで知っているのは、広島と長崎に落とされたことと、大きなキノコ雲が空高く上がったこと、それとたくさんの人が亡くなったことしか知りませんでした。寺尾先生の文を読んで、原爆のおそろしさが、よくわかりました。
 今、北海道に落とされたとしたら、とても怖いと思っています。

渡部 昌史
 寺尾さん、思い出したくない原爆の事をホームページに書き込んでくださったので、前よりも原爆のおそろしさなどがとてもよくわかりました。この話を読んで、今よりももっと平和な日本にしていきたいです。寺尾さんは、この原爆のことを全国の人にわかってもらいたかったから、書いたんだと思います。この話は忘れません。                               
八木沼 英晃
 寺尾さんのホームページを読んで、とても勉強になりました。とくに、8月6日と8月9日のことがわかりました。たとえば、原爆の瞬間が目に浮かびました。寺尾さん、本当にありがとうございました。この資料を勉強で生かしていきたいです。

柴田 哲郎
 学校にまで被害がおよんで、図書館と奥の理科実験室しか残っていないから、それだけ戦争が激しかったんですね。3回に分けて、原子爆弾による被爆が書かれているから、それでも、戦争の激しさがわかります。原子爆弾が落とされた広島、長崎やアメリカ軍が上陸した沖縄はほんとうにひどかったんですね。

梅森 敬太
 毎日、江波町の造船所へは片道1時間かけて船で通っていて往復2時間は米軍艦載機の空襲の危険や機雷の危険にさらされてたのに行くなんて、勇気があるなあと思いました。爆風だけで目の前の床板が落ちるなんて、原子爆弾の破壊力はすごいなあと思いました。

大村  里沙
  寺尾先生は、忘れたい思い出なのにたくさん、原子爆弾のことを書いてくれて、とても勉強になりました。読んでみての感想は、いろいろあります。
 8月6日、原子爆弾が落とされ、ピカッと光ったものが出た時は、不思議なような怖い感じだったと思います。机の下にもぐっている時、とても怖かったということがよくわかります。私もその立場だったら、とても恐ろしいと思います。
 ガラスが粉々になっていたことで、爆弾の威力がとても強いことがわかりました。
 私は日本に住んでいるけど、日本軍は悪いことばかりしていたので、嫌いです。これからも、戦争はやってほしくないし、やりたくもありません。
 寺尾先生の気持ちは、たくさん伝わりました。原子爆弾の事を思い出し、HPにたくさん書いていただきありがとうございました。

長内 花織
 私は、寺尾先生の書いた原子爆弾による被爆の話を読みました。読んでいたら、とてもわかりやすく、死体の生々しさ、けがの様子あたりの様子がよくわかりました。あたりの様子が目に浮かびます。
 寺尾先生は、勇気があると思います。もう何十年もたちましたが、昔、言い出せなかったことを言うことは、とてもすごいことです。
  戦争、原爆のことを私はよく知りません。こうやって、戦争のことを伝えることは、未来へ残すことになるんですね。

望来小学校の前田校長、塩見先生と6年生の皆さん



  厚田村立望来小学校6年担任  塩見 真理亜

 望来小学校は、北海道の石狩管内厚田村にあります。札幌から北上する事30km、日本海に面した農村地帯です。メロンや稲作が盛んで、夏は海水浴客で賑わいます。しかし、冬は想像を絶する 厳しさです。吹雪のため360°視界ゼロという日もあります。
 望来小学校は、今年で開校102周年を迎えました。児童数は37名で、教職員数は10名です。のんびり和気藹々とした雰囲気の学校です。
 子ども達は素直で明るく、いつも元気いっぱい遊んでいます。特色のある活動としては、今年バレー少年団が南北海道代表として、全国大会に出場したことがあげられます。また、毎年HBCこども音楽コンクールに参加して昨年は審査員特別賞をいただきました。嬉しかったのは、子ども達の歌声がラジオで放送されたことです。


 さて、今回の被爆の話は教育関係のMLで情報を得て、6年生の社会科「十五年も続いた戦争」で資料として活用しました。今年から学校に新しいパソコンが入り、インターネットも接続されました。寺尾さんの生きた証言を目にした子ども達は、あまりの衝撃に言葉を失っていました。
 私は世界でただ一つの被爆国ということで、日本が被害者だという考えだけではなく、原爆を落とされた経緯や日本が中国や東南アジアにしてきた事実をしっかり受け止めることも大切だと思っていす。もちろん、今でも原爆の後遺症で苦しんでいる方々がいるということも、子ども達に伝えました。

 年々戦争が風化しているような気がします。実際、我々教員も戦争を知らない世代です。だからこそ、あらゆる情報から戦争を学び、二度と戦争を繰り返してはならないと強く感じます。
 10月の学芸会で5・6年生16名で「ぞう列車がやってきた」の劇を上演しました。劇を演じるに当たって、戦争の話もたくさんしました。その当時の人々の気持ちも皆で考えました。
 数年前は2年生の教科書に「かわいそうなぞう」がありました。5年生には「お母さんの木」がありました。それらの戦争教材が、消え、かわりに抽象的な戦争教材が入りました。子ども達の心を揺さぶるような教材を消してしまうわけは・・・・なぜでしょう。

 今回、寺尾さんの「被爆の話」を子ども達一人一人に印刷して渡しました(各国の方の感想も)。そして、同じ物をもう一部、それは、お家の方に読んでほしかったからです。家族で、戦争について語っていただきたかったのです。
 実際、祖父母に尋ねた子、ベトナム戦争の本を読む子など、子ども達の興味感心は広がってきています。冬休みの自由研究のテーマに「原爆」を選んだ子もいます。
 これからも、中学や高校で歴史を学んでいくと思います。小学校の歴史で学んだ事を更に発展させ、自分の考えをしっかり持ってほしいと願っています。新しい歴史を築いていくのは、自分達なのですから。